大阪ラプソディ

海原千里・万里―大阪ラプソディ



一ヶ月以上放置の大阪レポート…
良く言えば記憶の純化
いや、エッセンスの抜け切った出がらしか。
まあ何でも良いが。




神戸から大阪に着いてからとりあえず向かった大阪城
駅から微妙に遠い上、広い敷地、巨大な天守閣を階段で昇降。
直島での自転車や神戸の坂と言い、足腰が鍛えられた旅だった。



天守閣からの眺め。
城ってすげえな、とか普通に思った。
その後、大阪城内の展示室を見て回る。
傾奇(かぶき)や数奇(すき)という価値観―最近で言えば80年代バブルのもっと凄いやつと思ってもらえば良いかと―が拡がっていた時代の、ファンキーな着物や武具などに目を奪われる。
ド派手な装飾を好む一方で、そんな派手な時代の中にあって千利休は「侘び」を発明し、後に芭蕉によって「寂び」へと至るという流れもあるダブル・スタンダードについて、色々考えたような気もするが、たぶん気のせい。


余談ですが、この漫画面白いです。
信長・秀吉の時代に、戦いよりも「数奇」や利休の「侘び茶」に魅せられ、やがて「織部焼」と呼ばれる陶器を生んだ古田織部という大名のお話。

へうげもの(1) (モーニング KC)

へうげもの(1) (モーニング KC)





通天閣
たこ焼き屋と串焼き屋と居酒屋がひしめき合っている。
“真昼から酒が飲める町を「都会」と言う”と書いたのは福田和也だったか。
観光客でごった返すが、それらの人々をカッコに入れて付近を見渡してみると、噂に聞いていた通り、あまり柄がよろしくない。
通天閣の真下に位置する串焼き屋が大変繁盛しており、順番待ちの客が長蛇の列をなしていたのだが、その列に対して、ブルー…いや、アースカラーなオジサマが大阪訛りの宇宙弁で何やら叫んでいらしたのが印象的だった。



ビリケン様。



通天閣から見た天王寺動物園阪神高速道路
高速道路の右にある大きい建物の向こう側に隠れているのが、「あいりん地区・飛田新地」のある西成区
通天閣を後にして、しばらくその辺りを散策した。
「あいりん地区」は東京で言えば山谷のように、日雇い労働者がたくさん生活している。
そういえば、市橋容疑者の逮捕前日に歩いていたことになる。
有名なゲットー地区であるため、当然写真はない。
全身の感度が異常に高まるのを感じた散歩だった。
後ろから自転車が通り過ぎることにすら緊張してしまう。

そして「飛田新地」は古くからの遊郭街で、表向きは料亭や簡易旅館のような建物が並んでいて、入口で美醜の判断をする意味が全く見出せないオバア様とオバ様が手をこまねいていた。
「ちょいとっ、おにぃっさぁん、寄ってかなぁぁいぃ?」
自分の様な若造にはあまりにもレベルが高過ぎて、爽やかな会釈をしてそそくさと去った。




大阪で一番感動したのはこれ。
ミナミの繁華街の裏手の、さらにゴチャゴチャしたゴールデン街みたいな区画の入口にある法善寺にて。
通称「水掛不動」。
苔むし過ぎ。
どれだけの時間と人の手によってここまでの苔を繁茂させたのだろう。
「信仰」と言うのは簡単だけど、こういう風にビジュアルではっきりとグロテスクに見せられると、「信仰」という言葉のコーティングを剥いた内側にある「欲望」がくっきりモロ出しで見える。
「賽銭やっとるさかい、神さんにはたっぷり働いてもらわんとな!ガハハ!!」と言う吹き出しを、うやうやしく水を掛けている人々の頭上に掲げたくなる。
なんというか、これつまり「ぶっかけ」なんだよ、ジャンルで括ったら。
さすが不動明王、人々の欲望を浴び続けても動じない。






道頓堀。
繁華街のど真ん中に運河が走っていて、その縁がテラスになっていて歩ける。
こういうのは東京にはない。すごく羨ましい。



以上、直島・神戸・大阪レポート、これにて完結。
近いうちにまた行きたい。